@pom11_25です。
僕自身がWebライターとして活動していく中で、日本の場合はフリーランス・クリエイターの労働市場も買い手有利な「モノプソニー」と化していくのではないかなと思ったので、今回はその理由について深掘りしていきます。
日本の労働といえば、安定的な収入が得られる正社員の働き方が未だ主流です。
正社員は安定的な収入が得られる反面、労働者がやりたいことを選べず、雇用側・買い手に労働力のみをひたすら提供し続けるという働き方になります。
それゆえに、労働者の立場が弱くなっていくと同時に、雇用側が労働者に対して多くの注文をつけるようになり、買い手が有利になるモノプソニーが常態化しているのです。
モノプソニー状態では、労働者が持つスキルはいつの間にか「できて当たり前」に変わり、個人のスキルには価値がなくなっていきます。
そして、この労働市場の悪循環は、昨今フリーランス業界にまで波及してきていると感じています。
フリーランスは労働者自身がスキルを有し、それを売りにして買い手に売り込むという会社に縛られない流動性の高い働き方のはずです。
いったいなぜなのでしょうか?
今回は、フリーランス・クリエイターにさえ及び始めているモノプソニーと、それが起こる原因について考えてみます。
近年のフリーランス・Webライター業界の労働市場
筆者がフリーランス・Webライターとして活動し始めたのは、2022年現在から3年以上前です。
その当時と現在の仕事を比較してみると、明らかに変わったと感じる部分がいくつか挙げられます。
求められるものが「スキル」から「労働力」に変わった
Webライターには、主に文章力・リサーチ能力・SEOの知識といったスキルが求められます。
Webライターを始めた当時は業務経験が重視され、それらのスキルの純粋な能力の高さで相応の報酬が得られる形でした。
ところが、近年では依頼者が予め業務内容を決めていることが多く、その業務量も当時に比べて特段多くなっているのです。
細かく定められたレギュレーションも用意され、経験のあるWebライターが執筆した文章ですらも、跡形もなく修正されるのが基本となりつつあります。
つまり、現状のWebライター業界では、当時求められていた文章力・リサーチ能力・SEOの知識およびスキルは備えていて当たり前であり、その上でクリエイティビティのない修正や細微な業務の追加がなされるという労働力重視の働き方が求められているのです。
もちろん、フリーランスなので、基本的に成果型報酬の業務委託となる点に変わりはありません。
それにも関わらず、正社員と同じように時間を切り詰めて労働させる、クリエイティビティのかけらもない働き方が一般化してきているのです。
Webライターではなく依頼者が価値提供をしている
通常ならば、フリーランスが自身の価値を買い手に売りつけるところ、近年のWebライターの仕事ではあろうことか依頼者が売り手に対して価値提供をしています。
「初心者でもOK」「スキルアップができる」「丁寧なフィードバックがある」などの価値を付加し、その見返りとして低単価あるいは単価に見合わない業務量過多の仕事を押し付けているのです。
この条件でWebライターが満足に稼げるわけがなく、価値を付加している時点で依頼者もそれを把握しているはずです。
見方を変えると、依頼者がWebライターを買い叩くための口実作り・価値提供をしており、現状のWebライター業界はすでに対等な関係性がないモノプソニー状態と言えます。
この状態が続けば、「この単価でこの業務量をこなせて当たり前」といった認識が依頼者側に定着し、もはやフリーランス・Webライターとして活動する人などいなくなるでしょう。
明らかに管理職が増えた
階級社会である日本では、フリーランスにおいても上層の階級のほうが高い報酬を得られる傾向にあります。
Webライター業界の管理職である「Webディレクター」の実際のほどは分かりませんが、その魅力があってか近年Webディレクターのポジションを目指す人が大量に増えているのです。
実際に、Webライターの将来性に不安を抱き転職を考える人の約8割には、Webディレクターに興味を持つというデータがあり、Webディレクターを求める仕事も続々と出てきています。
しかしながら、このWebディレクターが大量に増えていることで、言うまでもなくWebライターの収益に悪い影響がもたらされているのです。
例えば、Webディレクターがフリーランスとして活動しているケースでは、Webディレクターが企業やWeb制作会社から仕事を請け負い、それをさらにWebライターに委託する形になります。
その際には、本来Webライターが得られるはずの利益から、Webディレクターが受け取る利益・中間マージンが差し引かれることになるのです。
わざわざWebディレクターを介さずとも、Webライターが企業やWeb制作会社と直接契約することはクラウドソーシングを利用すれば簡単です。
しかし、残念なことに、Webディレクターが多くなりすぎたがゆえに仕事はそちらに流れ、Webライターは中抜きされた仕事を受けざるを得ない状況となっています。
求めてもいない管理業務が加わることで、相対的にWebライターの業務量も増え、さらに余計な中間マージンが差し引かれた割に合わない報酬を得るというのがWebライター業界の現状なのです。
海外のフリーランスの労働市場は?
日本のフリーランス・Webライターの労働市場は、前項でご紹介した通りです。
今後はさらにモノプソニー化が進んでいき、フリーランスとは名ばかりの低賃金で正社員やアルバイトよりも都合良く扱われる、買い手にとってはこの上ない究極の雇用形態となり果てることでしょう。
他方で、海外におけるフリーランスの労働市場は、どのような形になっているのでしょうか。
アメリカ
アメリカのフリーランス人口は労働人口の約35%です。
日本と比較してもその割合は高く、フリーランスに対する世間一般のイメージも日本とは大きく異なるでしょう。
また、アメリカでは、日本でいうところの「正社員」のような仕事を何でもこなすという総合職はなく、労働者に専門性が求められるジョブ型雇用が一般的です。
そのため、アメリカのフリーランスの場合は、労働者が自らの経歴や技術を売りにして相応の仕事を選ぶことができます。
実際に、アメリカ企業が募集するWebライティング案件の多くには、文章力・構成力・編集力といった純粋なクリエイティビティが求められています。
日本のように、買い手が価値提供と引き換えに多くの指示や注文をつける仕事ばかりで、労働者がやむなく引き受けるといったことはありません。
自身の能力に合わせて労働者が好きな仕事を選ぶ、まさに自由の国らしいフリーランスのあり方と言えます。
なお、アメリカでは、クラウドソーシングを介した仕事でも日本円で約900万円の平均年収となっているようです。
インド
インドのフリーランス人口は労働人口の約80%となっており、割合でいえば世界トップの多さを誇ります。
先進国に含まれず、全体の平均収入も日本より低いインドですが、フリーランスの平均収入は全体の収入を上回り、その市場規模は日本を遥かに超えているのが特徴です。
なお、IT系のフリーランスの中には、クラウドソーシングで年収1,000万円を稼ぐ人もいるようです。
それゆえに、インドでは個々の収入の格差が大きいのも現実となっています。
とはいえ、それだけのリターンと需要があるだけに、日本とは違って世間一般のフリーランス・クリエイターへの理解は高いと言えるでしょう。
ドイツ
ドイツのフリーランス人口は約400万人ほどで、割合で見ても日本よりは少なくなります。
とはいえ、高い収入を得ている上に、フリーランスでもビザを取得しやすいという特徴があり、社会的に認められ働きやすい環境が整っている点で日本と大きな違いが見られます。
ドイツの公用語はドイツ語ですが、英語力が高い国としても知られており、住みやすい国としても世界中のフリーランスから注目されているようです。
なお、フリーランスの中ではIT系の需要が高く、その収入も年々大きくなっています。
特に需要の高い業界では、2022年の平均時給が日本円で約1万4,000円であったというデータもあります。
また、Webライティングなどのコンテンツ制作でも、平均時給は約1万円と日本とは比べものにならない水準です。
買い叩きが横行し、フリーランス全体の平均年収ですら200万円に満たない、現状の日本のフリーランス市場では到底考えられない収入でしょう。
日本のフリーランスの労働市場がモノプソニーになる理由
日本のフリーランス・クリエイターの悲惨な現状は、十分に理解していただけたことでしょう。
日本のWebライター業界では、今のところ成果報酬型の業務委託がほとんどであるにも関わらず、まるで「正社員」のような何でも屋として扱われ始めています。
ただでさえ報酬が低いため、もはやフリーランスとして満足に稼げる未来はありません。
では、そんな未来のない日本のフリーランスでさえ、なぜモノプソニー化が進んでしまうのでしょうか?
様々な要因が複雑に絡んでいると思いますが、筆者は下記のような日本人に根付いた特性に原因があるのではないかと考えています。
能力が低い
能力が低いというのは、日本人の場合は特化したスキルを持つ人が少ないという意味です。
日本では正社員であれアルバイトであれ、幅広い業務を任せられるのが通常になります。
このため、能力よりも人間関係で評価されることがほとんどで、人間関係だけは無難に築けるという人が成功体験を得る形になり、多くの日本人が自分に能力があると勘違いしているのです。
そうした人が、いざスキルが重要視されるフリーランス・クリエイターになったとすれば、その結果は容易に想像できるでしょう。
全く稼げず、そのまま諦めるか、もしくはいち早く人間関係が重視される管理職を目指す行動に出るはずです。
しかし、能力の低い人が管理職に就けば、無駄な業務を作ってしまったり、労働者に利益を還元できなかったり、適切なマネジメントができなかったりします。
そうした状況が積み重なり、日本では個人が能力を発揮する機会をただただ奪われるという悪循環が発生しており、それこそが社会の生きづらさやモノプソニーを進行させる要因の一つとなっていることが考えられます。
スキルに価値を見出せない
日本の場合は、売り手も買い手もスキルに価値を見出せていないところがあります。
例えば、労働者であれば自身のスキルの価値が分からないために買い手が提示する金額に納得してしまい、依頼者であれば労働者のスキルの価値が分からないために、適切な価格で買えなかったりエンドユーザーに売れなかったりしています。
その結果、全体の利益は縮小していき、末端の下請けであるフリーランス・クリエイターが最も影響を受けてしまうのです。
さらに利益に行き詰まれば驚異的な低賃金にとどまらず、正社員のようにより多くの労働力を必要とせざるを得ないということが見えてくるでしょう。
悪い意味で労働者が謙虚
一つの会社に生活を守られることが当たり前の日本人は、やはりフリーランスでも依頼者への依存度が高いと言えます。
その依存心から、どうしても依頼者に忖度してしまい、多くの理不尽にも労働者が「NO」と言えない状況となっているのです。
買い手からの理不尽な要求が許容されていけば、いつしかそれが当たり前となり業界全体の衰退に繋がります。
とはいえ、正社員制度をなくさない限りは、この日本人の脆弱な気質が改善されることはないでしょう。
そして、その気質につけ入るブラック企業が淘汰されることはありません。
ゆえに、フリーランスのモノプソニー化はもはや止められないのです。
フリーランスの社会的な信用が低い
SNSの発信では、依頼者がフリーランス・クリエイターの仕事に対して苦言を呈するような投稿が度々見られます。
フリーランスの信用に関わるネガティブな発信がなされるということは、それだけ周囲からの社会的な信用がないからと言えます。
そして、残念ながら、これが特に顕著なのがWebライター業界です。
とはいえ、簡単にいえば、これは買い手と売り手の見解の相違が招いているだけにすぎません。
Webライターの相場は最低限の業務量で1文字あたり1円ですが、現状では1円あるいはそれに満たない単価かつ複雑な業務を求める仕事が続出しており、単価相応の低品質な成果物となることが多いのです。
つまり、依頼者が適正な価格を知らずに依頼しているために、予期しない低品質な成果物に対して憤り、巡り巡ってフリーランスの信用が落ちるという悪循環が発生しているだけです。
ただ、依頼者がこれに気づかない限りは、日本でフリーランスが社会的な信用を得られる日はこないでしょう。
まとめ
日本のフリーランス人口は年々増えています。
その一方で、一部の業種では買い叩きが横行しており、海外のように大きな収益を得ることなど夢のまた夢のまた夢にも思える悲惨な状況となっています。
この状況は、今後ほかのフリーランス業界にも波及していくことでしょう。
そして、その日本の労働市場の歪さに気づいた人から淘汰されていきます。
日本には、何も考えられない人・声を上げない人・地位を守る人が圧倒的に多いからです。
改善するのはもはや不可能であり、どんどんモノプソニーは進行していくでしょう。
無論、フリーランス・クリエイターが能力を発揮できることもなく、最終的には買い手に都合よく搾取され続けるだけとなるはずです。
その後はみるみる業界が衰退し、やがて滅亡するのみです。
世界ではフリーランスが多くの人に注目され、発展し続けているだけに非常に残念でなりません。
こうした日本の未来の暗さに気づいた人から海外に目を向けるのだと、この記事を執筆しながら感じました。
何かの参考になれば幸いです。
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