@pom11_25です。
今回の記事は、某クラウドソーシングサイトにて受けた、合格することのない実質無償のテストライティングで執筆したものになります。
契約・仮払前に突如として相手から促され実施したものなので、ほぼ間違いなく成果物を無償で獲得しようとするテストライティング詐欺案件です。
なお、案件の詳細を知りたい方は下記をご参照ください。
筆者自身ライターの端くれですので、誠意を持って応募するライターの心情を無視するどころか、それを悪用し搾取を考える輩は決して許せません。
そして、こうした輩はライター側が泣き寝入りすれば、よりつけ上がりより多くの搾取を目論むだけです。
今回の記事は、そうした目論みを阻止し、悪徳案件の削減や被害の防止に繋げることを目的として掲載しています。
また、何かの参考になれば幸いです。
以下、悪徳案件にて執筆したテストライティング記事になります。
日光東照宮の歴史・沿革
日光東照宮は、1617年(元和3年)に創建された神社です。
1616年に徳川家康が死去した際に、現在の静岡県中部である駿河国の久能山に神葬され、さらに翌年に遺言に従って徳川秀忠が天海に命じたことにより建立されました。
現在の場所にあたる下野国の日光山に築かれ、今では全国の東照宮の総本山に位置付けられる神社となっております。
日光東照宮の見どころ
日光東照宮では、建物の随所に施された豪華絢爛で厳かな彫刻の数々を見ることができます。中でも、神厩舎に彫られた「三猿」・東回廊の坂下門に彫られた「眠り猫」が有名です。
三猿は、三匹の猿がそれぞれ目・口・耳を両手で覆ったポーズをとっており、幼年期に悪いことを見たり言ったり聞いたりしないようにという教訓を意味しているとされています。
また、眠り猫は、裏手に戯れる二匹の雀も彫られており、眠る猫の傍で雀が遊んでいることから平和を表した彫刻と考えられているようです。
三猿は重要文化財に指定され、眠り猫は国宝に登録されています。
建立の目的
日光東照宮は、徳川家康の遺言に基づいて建立されました。そのため、徳川家康自身が自らを神格化し、祀ってもらう目的で作られた神社であると言えます。
なお、遺言に「一周忌を過ぎてから日光山に小堂を建てて勧請せよ」とあったことから、死後一年後のタイミングで久能山から下野国への正遷宮と共に建立されたようです。
正遷宮は神仏習合で営まれ、徳川秀忠の参列のもと厳正に行われました。
関係する歴史上の人物
日光東照宮の建立に関わった主な人物は、徳川家康・徳川秀忠・天海です。
日光東照宮に御祭神として祀られる徳川家康は、戦国時代から江戸時代初期まで武将を務め、江戸幕府の初代誠意征夷大将軍を担った人物となります。
遺言に従って神葬などを行った徳川秀忠は徳川家康の三男であり、江戸幕府の二代征夷大将軍を務めた人物です。
そして、徳川秀忠により小堂の建立や正遷宮を命じられた天海は、天台宗の大僧正で徳川家康の側近として宗教政策などに取り組んだ人物とされています。
ちなみに、当初作られたのは簡素な小堂でしたが、のちに三代征夷大将軍の徳川家光によって現在のような豪華絢爛な建物が作られたようです。
最後に
テストライティングの一部始終は以上です。
今回は、テストライティングという形でしたが、フリーランスの業界には様々な搾取・詐欺が存在します。
「指導を受けられて成長できる!」などと謳い最初から激安単価で搾取を目論む案件のほか、逆に高報酬を謳い闇バイトのようなものや高額情報商材の購買を勧めてくるものもあります。
また、フリーランスになるための講座で多額の費用を請求されるケースもあるようです。
フリーランスは多くの場面に落とし穴があり、様々なトラブルがつきまとう世界です。
仮に、トラブルに見舞われた際には、すぐに弁護士や司法書士に相談しましょう。
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